ある地方裁判所・・・男にまといつかれた上金銭を脅し取られ、 生まれてすぐの二人のわが子を殺してしまった未婚の母親に懲役3年、執行猶予5年の判決が下った。 その判決文の中で裁判長は、 「・・・もしも、赤児を産み落として5分でも10分でもよい、その子を傍らに置き、 抱きしめることが出来たなら、被告はその時母性に目覚めることができた。 残念ながら、いまだ母性が育たぬ前の犯行であったとみなすことができる・・・」と語ったそうです。 昔から”母”で例える言葉に「Great mother」や「大地は母なり」などがあるように 母性というものに私達は尊敬の念を抱いています。 しかし 近頃のニュースを見ていると、幼児虐待、乳児遺棄、母親の蒸発、 パチンコに熱中のあまりの子どもの事故など、さながら「母性愛情欠乏症候群」と思えるような事件が 続出しています。それでは、この”母性”とは・・・。 これまで女性が生まれながらにして持っている本能だと言われてきました。 しかし、動物園で飼育された猿がうまく子育てができないように、 人間も親や周りの環境から母性行動を獲得していないと、本当の子育てはできません。 すなわち母性本能だけでなく生まれてから伝承され学習して得られる母性行動を伴ってこそ成熟した 「母性」と言えるのです。 そして最近、医学的にも、生物学的にも、出産の瞬間から1~2週間が母性の成熟で 最も大事な時期ともいわれ、”成母期”とも呼ばれています。 もちろんお母さんと赤ちゃんの意志の疎通は、赤ちゃんがまだお腹の中にいる段階から 成立しており、母と子は常に一体であり、その後の育児も含めて母性も成熟していくのです。 出産直後、お母さんの体の中には、プロラクチンというホルモンが1~2時間にわたり 急速に分泌され、これは催乳ホルモン、あるいは母性愛ホルモンとも呼ばれ、 母性を目覚めさせるホルモンでもあります。 一方、生まれた赤ちゃんの体の中にはカテコーラミンという物質が 生後30分をピークに分泌され約2時間後には、急速に尿中に排出されていきます。 このカテコーラミンは、赤ちゃんの五感を研ぎ澄まし、ぱっちり目覚めさせる物質です。 この作用で生直後でもはっきりとお母さんを認識し、(この時期を新生児覚醒ともよびます。)コンピューターと同じように お母さんを脳にインプットできるのです。 これを刷り込み現象といい、鳥では早くから理解されていましたが、 人間の赤ちゃんにもその能力があるのが生理学的にもわかってきました。 この成母期、特に母と子が呼び合う出産直後が究極の育児の原点ともいわれ、 生直後から赤ちゃんとお母さんは一体のものとして離してはいけないものなのです。 冒頭の判決文で述べられた意味はここにあります。 そしてその後は、赤ちゃんをしっかり抱いて語りかけ、 おっぱいを飲ませるという行為が母と子の絆の形成に不可欠のものになっていきます。 赤ちゃん猿はスキンシップがないと死んでしまうと言われるほど、死亡率さえ違ってきます。 人間も同じことが、昔から多くの科学的データで示されています。 やさしさやスキンシップは、神経や情緒のみでなく、 赤ちゃんの体重の伸びやホルモンの分泌にも影響し、 免疫学的にも病気に対する抵抗力を増すということが確認されているのです。 母性はやさしさでもあり、成熟した母性の獲得は母親だけでなく 周囲の環境や社会全体も含めて考えていかなければならない問題です。 母性の成熟は「人間の成熟とも言える終わりのない自己の旅」とも言えるもの。 母性喪失の時代と言われているいまだからこそ、大切にしていきたいものです。